部屋に戻ったメロは自分のベッドの上ににマットが座っているのを見てニッと笑い、ドアのところから勢いをつけてその上に飛び乗った。ベッドが大きく跳ねる。マットは揺れるままに体を倒すと笑い声を上げた。しかし、にぎやかな電子音を立てるゲーム機からは手を離さず、寝転んだまま指を動かしている。それはついこの間のクリスマスのプレゼントにマットがもらったものだ。くつしたの中に入っていたそれに大喜びで暇さえあればスイッチを入れていた。メロはすぐ隣でその手元をしばらく見ていたけれど、さほど興味を持った様子もなく枕元に置いておいた雑誌を手にとった。
向かいのベッドではニアがいつものように白いパズルをやっている。パチパチとピースをはめる音も今はマットのゲームの音にかき消されていた。メロは鉛筆をはさんでおいたページを開き、仰向けになって両手で雑誌を持ち上げじっとそのページを見つめている。時々なにやらつぶやきながら。急にクルッと体を回転させて腹ばいになると握っていた鉛筆で何かを書き込んだ。そして両手で頬杖をついてうなずき、また口を動かしている。
「m……いや、n……」
三人は互いを気にすることもなく、それぞれに距離を保ちながら好きなことをしている。
さらにゲームの派手な音がするとニアは二人の乗るベッドへ、すっと視線をやった。
「やられた。ゲームオーバーだ」
そう言うと大げさにうなだれた様子を見せて、マットは静かになったゲーム機から手を離した。メロはそんな隣の顔を覗き込んで笑うと、雑誌を二人の間に広げた。
「ほら、マットここに入る26文字の単語、一番最後のアルファベットがLの単語ってなんだかわかるか」
「なに、クロスワードパズルか」
マットは顔を上げて、開いているページを見た。縦横に並んだ四角いマス目の中にメロの文字で埋められたそのページは一行だけ白マスが空欄になっていた。マットの答えを待ちながら、そこを指差した。
ちょうどその時、出来上がったパズルをひっくり返したザッというピースの落ちる音がした。メロはひと段落ついた様子のニアへも同じように声をかけた。
「ニア、わかるか? 最後がLで終わる26文字の単語ってなんだと思う?」
もう一度パズルを最初から組み立てようと散らばったパズルを集めていたニアは、一つピースを取ると顔をメロへ向けた。
「あとそれだけがわかればこのクロスワードパズルが完成するんだ」
二人に聞こえるように言った。
「カギはなんて書いてあるのですか」
興味を示したようにニアが訊ねた。
「えっと、狼と桃って書いてある。なんだろう」
マットがそのマス目に入る単語のヒントとなる部分を読み上げて首をひねった。ニアはピースを持ったまま、じっと考えているようだった。
「狼と桃」
口の中でそうつぶやくと、何かひらめいたような顔をしてさらにメロに聞いた。
「アルファベット何文字でしたか?」
「だから横のマスは26文字だ」
するとニアは自信を持ってうなずき、口を開いてメロの名を呼んだ。
「ん?」
「Lです」
紙面に書かれたそのそっけないヒントから、なんとか思い当たる単語を必死に考えていたので、そのニアの言う意味がわからなかった。
「L?」
「ええ、最初の文字です」
それでもまだピンとこない様子だった。
「Lから始まる単語で、狼と桃?」
今度はマットはガバッと体を起こしてニアと顔を見合わせ、微笑んだ。
「わかったぞ。メロ、あの単語。なるほど、本当に最初と最後がLだ」
先にマットがその単語に気づいた。メロは悔しそうに、すぐ正解の単語を見つけたマットの腕を人差し指でトンと突く。
「なんだ、おまえもわかったのか。でも、まだ答えは言っちゃだめだ。マット、一つヒントを」
「ヒント? そうだな、食べ物」
にやりとしてメロの顔を見る。
「食べ物?」
寝転んだままのさっぱりわからないというように腕を上げてそのヒントを繰り返した。
そんなメロが単語に気づくのを待っているかのようにパズルの手を止めているニアへマットは声をかける。
「ニアからもまだヒントはある?」
すると、ちょっと愉快そうな顔になって繰り返し答えた。
「私のヒントも食べ物なんです」
雑誌を胸におき、落ちないように少しだけ体をそちらへ向け、
「なんだよ、ニアまで」
とメロは頬をふくらます。
しばらく色々な単語を思い浮かべては指を折っていたメロだったが、急にその雑誌を持ち上げ顔を近づけると鉛筆をトントンと叩いてマス目に合わせて数えるように動かした。
「わかった。食べ物! Lか!」
そして、鉛筆を動かしその一行を埋めた。マットはその書かれたアルファベットを見て、うなずくとニアに目配せする。
「Lycopersicon esculentum Mill」
大きな声でメロがその単語を口にする。
「Lから始まるlyco(狼)、persicon(桃)、esculentum(食用)」
ベッドの上で体を起こし、嬉しそうにニアとマットへ言った。
「トマトだ! よし、これで全部埋まった。昨日の夜からずっと考えていたんだ」
そう言うと、埋め終わった雑誌をポンと枕元へ投げた。
「でも、トマトの学名なんてすぐに思いつかなかったよ」
そう言いながらメロは急に顔をしかめた。トマトという言葉だけで酸味の強い味が口に広がったような気がしたからだ。口を曲げてポケットの中に手を入れる。ない。慌ててベッドから飛び降りて、机の引き出しを開ける。
「チョコレートはどこだ」
中の物を次々放り投げながら、やっと見つけた一枚のチョコレートを急いでかじる。口に広がる甘さに満足げな顔をした。そんなメロにマットは声を上げて笑い出す。そして、ニアもおかしそうに笑みをもらすと、またパズルを始めたのだった。
---End---
08.03.05(07.01.14配布)
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