部屋のドアを開けて体を半分だけ入れたメロが言った。
「ニア、なんでパズルなんかしてるんだ? ほら。早く」
もうあと数ピースで全て完成する白いパズルに目を落としたままニアは答えた。
「どうしたんですか」
その返事に不満そうな声を出してメロが走りよってきたとき、ちょうど最後のピースをはめてニアが顔を上げた。
「忘れてるのか。町の公園に行くって話をしてただろ」
メロは片手に小さなバスケットを持っていて今すぐにでもニアを部屋から引っ張り出していくような勢いだった。
「おまえも『今度は一緒に』って言ったよな」
「……」
「言っただろ」
ニッと笑ってからかうような口調だったけれど有無を言わせぬ強さがあった。
「…… はい」
一週間前の日曜日のこと。図書室で一冊の本に夢中になっていたニアと町へ行っていたマット、そしてマットの部屋で二人を待っていたメロとで遅い昼食を一緒にとった。その時、メロが
「ピクニックみたいに庭で食べるのもいいな」
と言った。部屋の窓から眺める空がよく晴れていて、手にしていたのが気軽にほおばることの出来るサンドイッチだったからかもしれない。
「町の公園もすっかり春めいてる。一週間もすれば桜が咲くよ」
と町から帰ってきたマットが言い、三人で行こうという話になった。
「ニアも一緒に」
と言われたときに浮き立つような気持ちでうなずいたのはニアの本心で、春の日差しの下でのんびりするのも楽しそうな気がしたからだった。
けれど町までの距離は気軽に自転車に乗っていくマットとメロの話や広げた地図を見ても、ニアにとってはるか遠くに感じた。ハウス内からも滅多に出ないニアには町への一歩はパズルを完成させるようには簡単にはいかない。
メロは持っているバスケットのふたを開けて中を見せた。
「もう用意はできてる」
水筒とチョコレートとクッキーの袋が入っていた。
「私はとても町まで行けそうにありません。自転車にも乗れませんし……」
ニアの言葉にメロはどうってことないと答えた。
「僕の自転車の後ろに乗っ」
「いやです」
「なんだよ。今度はやけに返事が早いな」
メロが驚いたように言った。
「だってメロ。自転車でケガをしてきたことがあったじゃないですか。頬をすりむいて。私を乗せるなんて無理です」
とんでもないといった顔をニアがする。
「ケガって、いつの話だよ。あんなの初めて自転車に乗ったずっと前のことじゃないか。今なんて両手をハンドルから離していたって走れるんだから」
平気だと再びメロが言えば、ニアは黙って目を伏せた。
「歩いていくには遠すぎるし、今からニアが自転車に乗れるよう練習するには時間がかかるし」
メロの言葉でまん丸に目を見開くニアの顔に、明るく笑ってバスケットを床に置き、さっそく中からチョコレートを一枚取り出してくわえた。
「じゃあ、マットに乗せてもらう? そういえば、あいつはなにしてるんだろう。ちょっとマットの部屋を見てくる」
そういい残しさっと部屋を出て行った。
ニアはパズルをその場に置いたまま立ち上がると窓際へ寄って庭の向こうを眺めた。すぐにメロが戻ってきた。
「マットはゲームに夢中だ。終わったらこっちの部屋へ来るって。僕が町へ行くんだろって聞いたらさ」
そしてニアの隣に並び、窓ガラスを開けた。
「反対に今日の空模様を知らないのかって言われたよ。昼前から雨が降るんだって?」
窓から身を乗り出すようにして曇り空を見上げる。
「まあ、雲行きはあやしいな」
手にしていたかじりかけのチョコレートを口から離し、くんと鼻を動かす。
「ああ。雨の匂いがする」
横で大きく息を吸ったニアに
「だろ?」
と聞いたがニアは首を振った。
「私にはそのチョコレートの甘い香りばかりがして」
そして窓から腕を出してニアが先ほど眺めていた庭の向こうを指差した。
「今日、雨が降ったら散ってしまうでしょうか」
そこには庭を囲む木々の中でひときわ白い花を満開に咲かせているアーモンドの木があった。桜によく似た白い花を鈍色に曇る空の下で揺らし、時折吹く風に花びらを散らしている姿は幻想的で美しく、二人はしばらく黙って見つめていた。
メロが先に口を開いた。
「Lは今どこで春の花を見てるんだろう。もうアメリカにはいないかな」
体をひねって自分のベッドの横の壁に貼ってある小さな新聞記事の切抜きへ視線をやった。
「ロサンゼルスであの事件が解決したのは三週間も前のことだったから」
それは迷宮入りだと思われていた事件が急展開し犯人が捕まったという記事で、どこにもLの名は出ていなかったがこの事件を解決したのはLだと二人は確信していた。メロはその記事を丁寧に切り抜いて、ロサンゼルスのビーチを写した絵ハガキの隣に貼り付けていた。
ニアが笑んだ。
「Lが今いる場所は春じゃないかもしれません。前に私たちがクリスマスの準備をしていたとき、南半球にある国から絵ハガキが届いたこともありますし」
「ははっ。そういえばそうだったな。あのときのはおまえがもらったんだろ?」
「はい」
今度はニアのベッドのほうへ向きを変えた。ニアのベッド側の壁にも絵ハガキが何枚か貼ってある。
ただLとだけ署名された絵ハガキがワイミーズハウスに不意に届くことがあった。他に何も言葉はなかったけれど、裏面の写真を見ただけでLがどこにいるのかわかった。というのも、絵ハガキが到着した後、しばらくするとその写真の場所で混迷を極めていた事件が解決したというニュースが出るからだった。メロの持っているビーチの写真の絵ハガキもそんなLからの一枚だった。
ハウスの子供たちは憧れのLからの絵ハガキを誰もが欲しがった。そのためクジで引き当てるかコインの裏表を言い当てることで、最後にたった一人だけが手にすることができた。絵ハガキが届くたびにそれは行われ、幸運にもニアとメロは今までに何枚かを自分のものにすることができ、そのたびに一枚ずつ壁に貼っていくのだった。そして二人でまだ姿の見せたことの無いLへ思いをはせて、よく彼のことを話した。
「いろんな場所に行っているLがここに来てくれないなんて。たまにはハウスへ来てくれてもいいのに」
絵ハガキから目を離さずメロは不満そうに言った。
「ニアもそう思うだろ。だって、Lに会いたいんだ」
続けて素直に願いを口にした。ニアもまたうなずき
「もちろん私もLに会いたいと思ってますが」
と言葉を切った。
「ここには迷宮入りの事件も解けない謎もありませんから」
「事件に謎……か」
ニヤッと笑ってニアの顔を覗き込んだ。
「なんですか?」
「ん? べつになにも」
そう返事をするメロの横顔をじっと見つめる。
「いや、そういえばイースターの日にウサギがタマゴを運んでくるって言い伝えがあるけれど、今年はワイミーズハウスで、それも僕たちのこの部屋で本当にそんなことが起こったって謎めいた話があったな」
笑いながらそう言ってパキパキとチョコレートを割る。
先週のイースターの晩にメロの枕の下にイースターエッグを隠すという小さないたずらをしたのはニアとマットだった。見つけたときはびっくりしていたメロだったが、
「タマゴを枕の下に運んだのはイースターウサギでは?」
というニアのとぼけた返事を聞いて、二人が置いたものだとすぐに気づいた。
「はっ! イースターウサギだって?!」
驚いた照れくささとニアとマットにしてやられたことの悔しさの混じった声を上げたのだった。
ニアはメロの顔を見ながら言った。
「ええ、その謎めいた話をLが気に入ってくれたら、ここへ解きに来てくれるかもしれません」
やっぱりその時と同じように笑いをこらえ、すました声を出して話をあわせたニアを見返す。そんなニアにククッとメロのほうが先に笑いをもらし、窓の外へ体を向けた。
二人のとりとめのないおしゃべりはまだ続き、部屋の中から花曇の空へ楽しげな笑い声が響いた。
---End---
08.05.09(08.04.06配布)
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