ベッドでメロが寝ている。上掛けもかけないでそのまま仰向けになって両手は脇に真っ直ぐ伸ばし目を閉じている。右足首に白い包帯が巻かれているのは、おととい庭でサッカーをしていて足をひねったからだ。
「夏休みだっていうのについてない。走ることすらできないなんて」
舌打ちをしてメロがそう言うのを今日までに何回も聞いた。
「どうしたんですか。足が痛むんですか」
答えはない。眠っているのかと思い私は少し離れたところに座ってパズルを始めた。
「ニア」
「はい」
ピースをはめる手を止めずに返事をした。
「これ」
見るとメロが左腕を下に伸ばし床を指差している。
そこには一冊の本がページを開いたまま伏せられていた。図書室から持ってきたのだろう。初めて見た本だった。
私は立ち上がってそばへ行くと本を手にした。かなり古い本で表紙には背にも裏にもタイトルが無かった。なによりいやな感じがしたのはその表紙の色で、ぞっとしない焦げた緑色のような変な色だったから。
その本を両手で持ち直し開かれていたページに目を落とす。埃っぽい匂いがした。半分ほど読み終わって、メロへ視線をやると腕を戻してまた目を閉じていた。
そのページにはなんと言っていいのか、私にとっては眉つばものとしか思えないような内容が書かれている。メロがこれを本気にしているとは信じがたい。見下ろす私の視線に気づいたメロが片目を開けた。
「私にはさっぱり」
首をすくめた私に向かって、メロがそのページの文章を声に出したのだ。まるで詩でも暗唱するかのように。
「あなたの体から精神が翼を持ったように自由に解き放されているところを、目を閉じ考えてごらんなさい。強く念じてみれば、あなたの精神と体は互いに自由を手にしているはずです。精神と体が別々になってもそれを恐れることはないのです」
「本気でこんなことができるとでも?」
私のあきれ返った声にメロは右足をちょっと浮かせた。
「これじゃ当分は出かけられないだろ。部屋にじっとしてるのも退屈。ただの好奇心」
メロの好奇心がどこまで本気か冗談なのか私にはちっともわからない。その本を元のように伏せて置く。
寝転んでいるメロの黒いTシャツの裾が少しめくれていて、黒いズボンのウエストの部分がわずかに覗いている。それを見てつい冗談めかして言った。
「メロのおへそから何かが出て行くのが見えます」
「なんだって?」
あわてて体を起こし、さらにTシャツをめくって自分のへそを撫でたりしてる。こんなたわいない言葉を信じるなんて。
「そんなことあるわけないじゃないですか」
メロの反応に私のほうがびっくりしてしまい、それとも信じてるふりをしてるだけなのかと、そこを見極めようとじっとメロを見つめた。時々突拍子もないことを信じていたりするからだ。残念そうにメロはまたゴロンとベッドへ仰向けになった。それ以上、私はつきあいきれなくてパズルへと戻った。
しばらくしてまた名前を呼ばれた。
「はい」
(耳をふさいでみろ)
横たわるメロを見やり両手を耳に当てた。
(ははっ、聞こえるだろ)
まさか。そんなことが。慌ててメロのそばへ行って顔を覗き込む。目を閉じている。先ほどと変わりない。
「メロ」
恐る恐る呼びかける私に返ってくるのは朗らかな声。
(どこにいると思う?)
呆然と立ち尽くす私の頭の中からククッと笑い声が聞こえる。
「……私の頭の中に」
(正解! こんなことってあるんだな。おい、大丈夫か。なんて顔だ)
「まさか」
(僕だって本当にできるなんて思ってもいなかった。困った)
困ったなんて言葉とは裏腹にメロの声はこの実に奇妙な状況を面白がってるように聞こえた。そしてベッドの上で寝ているメロはといえば気持ちよさそうに寝息を立てている。
(ちょうど夏休みだ。競い合うテストもないし、しばらくは楽しくやろう)
「メロ、そんな、のんきな」
自分はどうしてしまったのだろう。間違いなく現実に起こっていることなのに私はそれを信じたくないのだ。説明のつかないこの…… メロが私の頭の中にいるなんて!
「私たちこのまま?」
あの本の中になにか書いてないかと拾い上げてページをめくる。精神と肉体は自由になるなどと書いてあるくせに、元に戻る方法など一文字も見当たらなかった。肝心なところが書いてないとため息混じりにその本を閉じた。
「起きてください。メロ、戻ってください」
もう一度必死に声をかけたが何の反応もない。いや、反応はあるのだメロの声でなら。
(ニア、心配するなよ。何とかなるさ)
こんな落ち着き払っているメロが不思議だった。メロがそれほど驚きもせず、逆に楽しんでいるように思え、なんだかおかしいと疑わしい気持ちにになった。確かにこれは信じられない出来事だけれど、私のあせり驚く様子を愉快がっているだけでメロには戻り方がわかっているんじゃないかと。
そう考えたら少し落ち着いた。とりあえず「メロが頭の中にいる」ということ、ただそれだけはわかった。
途中にしていたパズルの前に座る。メロに何を言われても驚いているのを気取られないようにと思った。それならきっとメロもからかいがいもなくてすぐに自分のところへ戻るだろう。それが一番よい方法に思え、私はピースを一つ手にした。
(なんだ。もういつもどおりにパズルか)
私は返事をしないでピースをはめる。
(そっちか? 右下だろ)
何度も頭の中で言うので仕方なく口を開く。
「こっちでいいんです。メロ黙っててください」
(ふん。つまらないな)
何だかんだとメロが言うのでパズルが完成するのにいつもよりずいぶんと時間がかかってしまった。結局私たちはいつも通りのやり取りをしてしまうのだ。メロが頭の中にいてさえも。
(やっと終わったか)
ザッとパズルをひっくり返すと今度こそは自分のペースでやろうと白いかけらをつまんだ。
(ニア、まだやるのか。さっきのパズルが完成するまでおまえにつきあったんだから、今度は僕につきあえよ。外に行こう)
「勝手なこと言わないでください。どうして私が」
しかし私の言葉など聞きもせず、外へ出ろと繰り返す。私は深くため息をついた。
(僕の机の下に箱があるんだ)
「箱ですか」
机の下に頭を入れてメロの言う箱を探した。そこには大小いくつかの紙箱などが並んでいた。
(一番右端の銀色の。留め金がついてる箱だ)
言われるままにそれを手にすると体を起こした。
「これですね」
それは片手の手のひらに乗るほどの大きさで、鈍く銀に光り、蓋の部分には二箇所の留め金がついていた。
(それをどこかに埋めに行きたいんだ。ニア行ってくれるだろ)
「いやです。メロの枕元に置いておきますから、目を覚ましたら自分で埋めに行って下さい」
続いて含み笑いが聞こえた。
(ニア、僕が目を覚ますのはいつになるかわからないじゃないか。明日か、一年後か)
とんでもないことをさらっと言う。一年後? 私は聞き返そうとしたけれどメロのはったりだと信じて口をつぐんだ。
かわりに手にした箱を振った。中に何が入っているのかカタカタと音がした。
「中身は?」
(秘密。今度Lが来たときに一緒に掘り起こしに行くつもりなんだ。だからそのために埋めておく)
「どうして埋める必要が?」
するとメロの顔が――まるで何もわかっちゃいないとでも言いたげな顔がはっきり見えたような気がした。
(いいから。その時にはニアも呼んでやるよ。中を見たら埋めておく理由がすぐにわかるはず)
埋めておかなきゃいけない箱の中身が何であるのか。もしこれを寝ているメロが体を起こし、その口から聞いたなら私はもっと興味をもてただろう。今の私には頭の中でメロの声がすること以上に驚くことがあるとは思えなかった。しかし、私の気持ちなどお構いなしに、そのまま口笛でも吹き出しそうなほどの陽気さで言った。
(どこに埋めておこう。ケガで当分は動けないと思ってたから、こうなったのもちょうどいい。ほら、早く。僕が隠し場所を探すから埋めるのはニアだ)
渋々、私はうなずく。
(あっ、その前に机の上のチョコレートをかじってみろよ)
メロの考えていることがわかった。私をまるでメロ自身のように思っているみたいだけれどそんなの上手くいくはずない。私は私なのだ。
「きっと無理です」
私は銀色の包みをはがしパキッと小さく前歯で割った。舌にのせてゆっくりと溶けていくのを待つ。
(チッ だめだな。ちっとも僕には甘くない)
「当たり前じゃないですか。私がかじってるんですから。メロがチョコレートを食べられるのがいつになるかわかりませんね。明日か、一年後か」
さっき言われた言葉をそのまま返した。メロの悔しそうな舌打ちが聞こえる。もう一回パキと音をさせて私はチョコレートをかんだ。
「メロが頭の中にいるときは、代わりにかじっておきましょうか? 私には少々甘すぎますが」
ようやく私にも笑顔でこれくらいを言い返す余裕ができた。
(うるさい、早く外へ行けよ)
銀色の箱を持ち、私は庭へ出た。
「花壇の横の土のやわらかいところでいいですよね。いえ、そこにします」
私は早く済ませたくて強引にそう言い切ると花壇の隅にさしこまれているスコップを手にとった。
(だめだ、そんなところ。雨が降ったらすぐに土が流れてしまうだろ)
「どこならいいんですか」
(そうだな、裏庭にしよう)
わざわざあそこまで? 次々と聞こえるメロの言葉と夏の日差しで頭がくらくらしてきた。
スコップと銀色の箱を持ち、裏庭をあっちへこっちへと歩き、木の根元を掘ったり、くぼんだ木の洞に入るかどうかまでも調べたりしたけれど、どこもメロには気に入らないようだった。それでもしばらく探しているとやっとメロの納得するところが見つかった。
枝を大きく広げ緑の葉が濃い影を作っている太い木で、この木の上で昼寝をしたことがあるとメロは言った。その根元は地面から盛り上がり、ねじれたような根がむき出しになっている。
(よし、ここにしよう)
私はホッとしてそこにしゃがむとスコップで根元の土を掘り銀色の箱を埋め、もとの通りに土をかぶせた。
(うん。この木なら忘れたりしないし、他のやつらに見つかりっこない)
気がつけばずいぶんと裏庭の奥まで入り込んでいた。吹き過ぎる風が気持ちよくて私はしばらくその木にもたれて涼んでいた。私はいつも部屋にいることが多く自分から庭に出ることはほとんどないけれど、メロやマットがここへ来るのが好きな理由がわかる気がした。静かでのどかな時間が漂っている。どうしてかこの時ばかりはメロもずっと黙っていた。
「もう戻ります」
黙りこくっているメロに告げた。
(うん)
裏庭を出て、私は花壇に戻るとスコップを隅に置き、院の入口への階段を上った。
(ニア、上!)
メロの声に空を見上げた。真っ青な空を半分に割るかのように白い飛行機雲が走っていた。今の私はこうやってメロと私で半分になっているのか、それとも二人分になっているのかとふと思った。
目を落とすと階段に足元から私の影が伸びている。一瞬そばにメロによく似た黒い影が揺れた気がして振り返った。
手を洗い、汗をぬぐうと私はまた部屋でパズルをやった。裏庭へ行く前と同じようにメロがピースの置く場所を一つ一つ言うのを聞いたり聞かなかったりしながら。
夕方近くになったとき、ドアが開いた。
「あれ、メロ? もう寝てる?」
(マット! ああ、夕方の約束!)
メロが思い出したように言う。マットもメロのベッドへ近づき、名前を呼んで起こそうとしている。
(ニアが僕の代わりに一緒に行ったらいいと思うんだけど)
「えっ?」
「どうかした? ニア」
マットと目が合う。
「何か約束してたんですか?」
「うん。まあね。でもメロは足もケガしてるし、全然起きる気配もないな。明日にするよ」
「そうですね。そのほうがいいと思います」
何からなにまでメロの言う通りにはならないと私は力をこめて返事をした。すぐさまメロが言う。
(ニア、返事が違う。マットと一緒に行くって言ってくれよ)
頭の中で大声を出すメロにもうため息も出なかった。
「あの、マット」
「ん?」
「私が代わりに」
「ええっ?」
マットがぽかんとした顔を見せる。それはそうだ。私だって訳がわからない。一体どこへ何をしに行くのかも知らないで答えてるのだから。
戸惑ったようにマットが言う。
「あのさ、僕たち林へ行くつもりだったんだ。木に蜜を塗っておいて、明日の朝どんな虫が集まっているのかを見に行くために。まあ、俺一人よりニアが一緒のほうが早く出来るけれど、薄暗くなったら林の中を歩くのも慣れてないと足元が危ない」
「平気です」
これはメロに言われる前に返事をした。
「大丈夫。一緒に行きます。寝てる人はそのままでいいです」
もう半分やけっぱちな気持ちになっていた。
「あはは。無理しなくていいよ、ニア。でもどうしたの」
マットが笑い出す。
「……夏休みですから」
二人に向けて答えた。マットはその答えを気に入ったようにうなずいて笑顔を見せた。
「OK。じゃあ暗くなる前に行こう」
「どんな虫が集まるんですか」
「どうかな。去年はあんまり珍しい虫もいなかったんだ。今年は今日が初めてだからさ。明日が楽しみだ」
そうしてマットと二人で、いやメロも一緒に林へ向かう。途中メロが言った。
(ニア、こっちのほうが近道だ)
それは私たちの歩く道をそれて続いている細い小道だった。申し訳程度に土が踏みならされたような道で、私は歩きにくそうなそこを通っていくのは気が進まなかった。けれど、メロがすごく近いんだからと言う。私は指を伸ばした。
「そっちが近道らしいです」
「おっ、ニアもこの道知ってる? メロから聞いてた?」
とマットが口の端を上げた。
確かにすぐに到着した。そこではマットがめぼしい木を次々に選んでくれたので、私は持ってきた蜜を塗った。
高いところのほうがいいと二人して言うので、できるだけ背伸びをする。蜜が無くなるとすっかり暗くなっていた。来た道を足早に戻り院へ帰った。部屋へ入るときマットが言った。
「明日の朝早いけどニアも一緒に見に行こう。メロにもそう伝えて。俺たちで蜜塗りはやっておいたって。おやすみ、ニア」
ドアを開けると私はベッドへ倒れこんだ。
なんて一日!
(ニア)
メロが呼ぶ。
「くたくたです。もう何も言わないでください」
(これくらいで疲れたなんて。まだ夏休みはたっぷりあるっていうのに)
あきれたようなメロの声。
「なんと言われても私は動きません」
床に置いたままのパズルはまだ半分ものピースが散らばっていて出来上がっていなかったけれど、手を伸ばす元気もなかった。
(明日はサッカーでもする?)
「しません。私はメロじゃありません」
(なんだよ。おまえがさっきみたいにその気になったらもっと夏休みが楽しめるのに)
「私はいいです。ボールを追いかけて走るなんて想像しただけで足がもつれます」
(ははっ。わかった、わかった。サッカーはやめておくか)
「笑いごとじゃありません」
その後も私はじっとベッドにうつ伏せになっていた。
(ニア)
私は声を出さないで体を横にした。向かいのベッドを見る。するとメロが遠慮がちに言った。とっても小さな声で。
(僕に上掛けをかけてほしいんだ)
私は体を起こし、メロのベッドへ近寄ると体の下になっている上掛けをなんとか引っ張り出して、あいかわらずぐっすりと寝ているメロの上にかけた。
(ありがとう)
私はうなずいた。
ベッドに入って明かりを消すと私は祈った。明日にはすべてが元通りになっていますように。そのまま瞬きもせずに眠り込んだ。
朝、目を覚ますとメロのベッドがからっぽで、私の頭の中はずいぶんと静かだったことに、心をこめて神様にお礼を言った。
メロとマットは林へ行っているんだろう。自分の塗った蜜にどんな虫が集まっているのか興味はあったけれど、昨日一日の疲れのせいでひどく眠い。二度とこんなことがおこりませんように。私はもう一度祈ってから心地よいベッドの中でまどろんでいた。
急に騒々しくドアが開き、二人分の足音とバサバサと何かが落ちる音がした。
「ニア、まだ寝てるのか」
「メロのせいです」
声のするほうに背を向けるようにしてベッドの中から返事をする。すると、ガバッと上掛けがめくられた。
「なんで僕のせいなんだよ」
腕組みをして眉間をよせているメロの後ろでは分厚い本が何冊も床に置かれ、マットがあぐらをかきながらその一冊をめくっている。
「今度は何の本ですか? またからかうつもりですか」
「からかう? 今朝だっておまえのこと誘ったのに、ぐうぐう寝てて起きなかったのはニアだろ」
「私が言ってるのは昨日のことです。とぼけてるんですか」
「いいかげんにしろ。まだ寝ぼけてるのか」
フンと顔を背けるとマットの隣に座った。
「おいおい、ぐうぐう寝てて起きなかったのは昨日のメロも一緒だろ」
マットが取り成すようにのんびりとした声で言った。
「そうだけど」
分厚い本をメロも手にしてうつむく。本から顔を上げ、マットは言った。
「今、林から帰ってきたんだ。知らない虫がたくさんいたから、こうやって図鑑で調べようってわけ」
「昆虫図鑑? ロジャーの部屋から持ってきたんですか」
それは持ち出し厳禁のシールが貼ってあるのを二人とも知っているはずだ。ニコッとマットは笑って声をひそめた。
「本棚へはすぐに戻しておくから、ロジャーには内緒だ」
それからメロとマットの二人は互いに開いた図鑑を覗き込みながら「これか?」「もっと大きかった」
「こんな感じ?」「色が違う」とカラフルなページを指差し頭をつき合わせて確かめあっている。
「これだ!」
二人が顔を満足そうに見合わせた。
「捕まえればよかったな」
「また蜜を仕掛けておこう」
答えを見つけた二人は両手に図鑑を抱えると部屋を出て行こうとする。
私はメロに聞いた。
「メロ、昨日の本はどこに? 図書室に戻したんですか」
「昨日の本? ニア、さっきからなに? 今も夢の続きをみてるわけじゃないだろ」
メロは私のほうがどうかしてるといった怪訝そうな顔つきになった。
「なんでもないです」
いったいどういうことだろうか。昨日、メロがベッドに寝ていて、私の頭の中に入って、裏庭でメロの銀色の箱を埋めた。あんな夢があるわけない。
部屋を出て私は図書室へ向かった。早朝からすでに何人かの子供たちが本を読んだり、机に向かってノートを広げている。本棚の端から順にあの嫌な色の背表紙を探した。見るのは得意なはずなのに何度見てもあの本は無い。それに何冊か抜かれている隙間はこの図書室で本を手にしている子供たちの読んでいる本の数と一致していて、あの古びた本が置かれていたと思われるような場所も見つけられなかった。昨日の不可解な出来事を思い出しながらもそれをどう納得すればいいのかもわからない。
部屋へ戻ると続いてメロが入ってきた。
「ロジャーに見つからずに図鑑を全部戻せた」
得意気な顔をするメロへたずねた。
「もう足は大丈夫なんですか」
「昨日は一日寝てただろ。だからずいぶんとよくなってる。痛みもほとんど無いんだ」
私はどうしても腑に落ちなくて聞いた。
「メロ、机の下に置いてあった銀色の箱は」
「ん? あの箱のことを知ってるのか」
と机の下に頭を入れた。
「あれ? ここに置いておいたはずなのに」
「本当に何も覚えてないんですか。本当に?」
メロの腕をつかみ机の下から引っ張るようにして私はその顔を見た。私だけしか覚えていないのだろうか。奇妙で不思議な昨日。やっぱり説明のしようもない。腕をとられたメロは黙ったままだ。
「そうですか」
あきらめて私は手を離すと床に散らばるピースを拾い集めた。後ろでパキッとチョコレートの割れる音がして、昨日口にした一片の甘さを思い出す。
ベッドに腰をかけ私のほうを見ながらチョコレートを持つメロと視線が合う。しかしすぐにクルッと瞳を動かしてメロは目をそらす。そしてそっぽをむいたままもう一度パキッと割った。
「やっぱりチョコレートは自分でかじるのが一番だ」
---End---
10.05.04(07.09.02配布)
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