同色 (リンダ)

メロが院を出て行った翌日にもまだ、彼の放っていた強い存在感は、寝起きしていた部屋はもちろん、食堂やプレイルーム(遊戯室)にまで残り、その主を探すかのように静かに漂っている。
ニアは一人、そんなメロの不在をありありと感じるプレイルームで白いジグソーパズルをしていた。火の粉を上げ、パチパチと音を立てて燃える暖炉の前に座り、時折、柔らかな髪を一房つまんで、指に巻きつけた。
繰り返し、繰り返しピースをひたすらにはめているニアの姿は、全て一切を排除しているようにも、何もかもを冷静に受け入れたあとの、落ち着きのようでもあった。
そこへ、リンダがスケッチブックを持って、プレイルームに入ってきた。部屋の中を見回し、気軽に声をかけた。
「あら、ニアだけ?」
ニアが言葉もなく首を立てに振ったのを見ると、リンダは黙ってそばに座った。そして、スケッチブックを開き、芯の濃い鉛筆を走らせた。
部屋の中の暖炉や大きな柱時計。十二月になってから置かれたクリスマスツリー。窓から見える葉を落としたクヌギの木。礼拝堂の鐘。次々と描いてはページをめくる。
昨晩は雨が降っていたが、ようやく今日の昼からは明るくなりはじめ、窓から冬の日差しが二人のすぐそばまで、入り込んでいた。
「メロ、出て行ったのね」
リンダは鉛筆を動かしながらつぶやいた。それはニアに向けてのものだったけれど、それほど返事を期待した問いかけでもなかった。
「はい」
短かくも丁寧な声に、リンダは顔を上げてニアの背中を見た。
立てた左膝によりかかるようにして座り、ピースをつまんでいるニアの後ろ姿は、昨日、一昨日となんら変わりないようにリンダの目に映る。
「さみしいね」
「ええ」
ニアは一定のリズムでパチパチとピースをはめていき、リンダへ振り返りもしないで答えた。
それでもリンダは白いシャツの背中に、にっこりと笑いかけ、口を開いた。
「ここから庭を眺めて、絵を描いていると、時々サッカーボールを蹴るメロが、ニアに見えることがあったの」
ピースをはめるパチッという音が一瞬遅れた。
「それは、よく晴れた日。太陽がまばゆくてしかたない日。ほら、夏のキラキラした光がメロに当たると、その金色の髪に反射して、白く輝くの。ほんの一瞬だけ。メロもニアも、おなじ黒い瞳を持っているからかな。そんな瞬間、ボールを真っ直ぐに見つめるメロはニアに、とっても良く似てた」
 リンダはスケッチの手を止めて、話し続けた。
「不思議でしょう。でも、ニアもおなじ。この部屋に差し込む黄金色の夕日が、ニアの髪の色と重なると、眩しそうに夕焼けを眺めるその眼差しは、どことなくメロに似ていたの」
 完成した白いパズルに視線を落としたままのニアは、黙ったままだった。けれど、ちゃんと話を聞いてくれているとリンダにはわかった。
「一度、私のスケッチブックを覗き込んだメロに、その話をしたことがあって。メロにだけ、色を塗れず鉛筆描きのままになっていたから。私の話を聞くと、メロはなんて言ったと思う?」
 ニアは顔を上げてリンダへと振り返り、「さあ」とわずかに首をかしげた。
「メロは指先でつまんだ前髪を見つめながら、『僕とニアが?』と不思議そうに言うと、すぐに『ははっ』と笑ったっきりだったわ」
 すると、ニアも自分の髪に触れ、指先に絡めた白銀色の毛先をじっと見つめると、フッと表情をゆるめ、かすかな笑みを口元に浮かべた。
「そうですか」
ニアには── リンダは思った。きっとメロが何を考えて、どんな顔で笑ったのかが、わかっているんだわ。それならメロも、この話を聞いたニアがどんな表情をするのか想像していたのかしら。
 スケッチブックをめくりながら、リンダは言った。
「私のスケッチブックの中の二人は、ニアとメロは、いつも同じ。線描きのまま。いざ、色を塗ろうとすると、何十色もある絵の具の中から、どの色を使えばいいか、迷ってばかりだったから」


「あとは色を塗ってくれませんか」
二枚のスケッチを描きあげたリンダに、日本警察の男たちが頼んだ。
「色?」
ワイミーズハウスで一緒に過ごした少年二人の顔を描いてほしいと、突然リンダの元へ彼らが訪れたのは、十月も半ばだった。
リンダは今も絵を描いていた。画壇ではその名を知らないものはいないほどの有名な画家となって。今日から始まる自分の個展の準備をしているときに、日本からの客が、二人の少年のことを尋ねてやって来たのだった。
 懐かしい二人の名前を聞いて、すぐにその顔を思い浮かべることができたが、ハウスで、面と向かってその姿を描いたことは一度もない。庭を走る姿や大きな笑い声を上げて揺らす肩、白いパズルのピースをつまむ指先、うつむいてレゴを組み立てる横顔。当時は、そういった彼らしか描いていなかった。
 リンダは少々迷いながら、鉛筆を動かし始めた。
渡されたスケッチブックの右側に、長い前髪におおわれている沈着な目元を持つシャツを着た少年を、その隣のページには、勝気な笑みをたたえ、細い首を露わにした少年の正面からの顔を、描き上げた。
「我々とは違って、あなたたちは髪や瞳の色が様々に違う。彼らの写真は残っていないので、実際の二人に一番近い色で」
リンダは微笑みながら首を振った。
「私には、わからないんです」
「わからない? こうして似顔絵を描けるほどに、よく彼らを知っているのでしょう? 髪や肌、瞳の色がわからないというのは、どういうことですか?」
「この二人は…… 私は今の彼らを知りません。だから、わからないんです。でも、あなた方がわざわざこうして彼らを尋ねてくるということは、今もまだ、なんらかの繋がりを、二人が持っているということでしょうか?」
 スケッチブックの上に鉛筆を乗せて、リンダはそれを目の前の男に返した。
「それなら、二人は、メロとニアは、きっと同じ色を持っているはずです」
「同じ色?」
日本警察の男たちは彼女の言葉を聞くと、腑に落ちない顔をした。
「ごめんなさい。個展の開場まで、もう時間がないものですから」
リンダは立ち上がった。

---End---

10.01.18(09.12.30配布)

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