部屋に備え付けられた小さなシャワー室を出ると、メロはタオルでぬぐいきれなかった滴をつけたまま、裸でベッドに寝転んだ。
腹ばいになり、仰向けになり、膝を伸ばし、顔をうずめて、洗いざらしのシーツの感触を楽しむ。ひとしきり、ゴロゴロとベッドの上を転がったあと、メロは枕に頭を乗せて横たわっていた。
手を伸ばすところに着替えの黒いTシャツとズボンは置いてあったが、まずは、と指先はチョコレートへと向かう。包みを破りながら、窓の外、雨音が激しくなるのを聞いていた。

つい先ほどまで裏庭にいたメロだったが、急に振り出した雨にしたたかに濡れて、慌てて部屋へ戻ってきたのだった。
なにはさておき、シャワー室へと飛び込んで、泥の跳はねたズボンを脱ぎ、雨雫が落ちる頭から、熱い湯を浴びた。
あんなに晴れていたのに。
冬の雲行きをよんで出かけたはずが、雨に降られてしまい、ついてないと思ったが、舌打ちを一つし、狭いシャワー室に篭る心地よい湯気に包まれると、すっかり気分は変わっていた。

チョコレートを口にくわえ、寝転んだまま、天井へ向けて両手を上げた。両肘から手首へ、そして指先へと視線を動かすと、元に戻した。
さらには、右足のつま先を伸ばして、寝転ぶ自分の体と垂直になるように天井へと振り上げる。仰向けのまま、膝から足の指までピンと力を入れてみる。そばには誰もいなかったけれど、傍から見れば、片足を上げるメロのそんな姿は、まるで体操選手がバランスを取るポーズのようにすら見えただろう。
そして、どんな小さな傷すらも見逃すまいといったていで、念入りに見つめた。
どんどんしなやかに伸びていく自分の手足に、満足げな表情を浮かべ、静かに右足を下ろして左足と揃えた。
一年前よりも、一週間前よりも、昨日より今日、日に日に大人になっていくスピードが倍になっているように思われた。
そんなきざしに気づくと、いつもメロはワクワクと心が躍る。早く大人になりたいというより、Lに近づいているような気がして嬉しかったからだ。

それこそ、子どもっぽいと言われようが、自分やニアのような丸い臍よりは、Lの細長い臍の形のほうがずっと大人っぽくメロの目には映った。
そして、思い出したように人差し指で自分の臍をなぞってみた。まだ、全然とため息をついた。Lのように背が高くなったら、あんな綺麗な形になるものだろうかと思った。
しかし、この数日のところ、メロを喜ばせていることがひとつあった。

ニアが部屋に戻ってきた。
パズルを持つ姿に、メロは視線を向けただけで何も言わなかった。
また、ニアもベッドの上の裸のメロを認めたが、とくに気にする様子もなく、パズルを床の上に両手で丁寧に置くと、その場にしゃがんだ。
「雨に降られたんですか? サンキライは見つかったんですか?」
昼一番からメロが裏庭に出かけて行ったのは、クリスマスツリーに使う赤いサンキライを採ってくるつもりだったからだ。
けれど、まだ実が色づくには早すぎたようで、赤い実を探しているうちに雨になったのだった。
「どれ、真っ赤、ないな」
体を起こしてメロは答えた。
「えっ?」
ニアが聞き返す。
あと一週間もすれば、全部赤くなって、クリスマスには十分間に合うとメロは言いたくて、強く咳払いをしてから口を開いたが、出たのは「まだ」の一言だった。それさえも、かすれた声になった。
 ニヤッと笑ったメロとは反対に、ニアは硬い表情になった。
「その声。風邪をひいているじゃありませんか。ひどくする前に、早く何か着たほうが」
   「風邪、んか、ない」
針のとんだレコードみたいに声が抜けた。
それでもニアには通じたようだ。
「そんなに声がかれているのに?」
風邪じゃないというメロを呆れたように見た。

 違うんだ、と大声を出すこともできず、メロはしゃべるのをあきらめて、肩をすくめると、ふたたびゴロリとベッドに横になった。
「薬は飲んだんですか? 今年の初めも、メロがひいた風邪が私にうつって、二人して寝込んでしまったでしょう。また、あんなふうになっては困ります」
上掛けさえかけないメロをとがめるような言葉ではあったが、その口調からは、具合を気づかうニアの心配の思いがメロにも伝わった。
しかし、「ちがう」と、しゃがれ声を放ち、メロはいかにも元気であることを見せ付けるかのように、跳ね起きてTシャツや下穿き、ズボンをてきぱきと身に着けて、ニアに近寄った。
有無を言わせず、白いピースに触れていたニアの手首をぐっと掴み、その手のひらをメロは自分の額に当てさせる。
「ね、つ、ないだろ」
驚いて息をのむニアは、それでもメロの体温は自分のものとほぼ変わらないと知ると、「ええ、熱は無さそうですね」と答えた。
さらに、メロはニアの手を掴んだまま、額から喉へと動かす。
「ここ」
耳にしているだけで、痛みすら感じそうな声の原因が喉にあるのは当然で、わざわざ聞くまでもないと、ニアは怪訝な顔を返した。
「なんですか?」
「こえ、が、わり」

得意満面でのメロの言葉に、ニアは、はっとしたように、触れていたメロの喉から指先を離すと、まだ喉仏すら出ていないすべらかな白い喉元を見つめた。
メロの声は── 
ニアはこれまでに自分の名を呼んだ失われゆく馴染みある声を思い、そんなニアの目の前で、誇らしげな笑みを湛えるメロは、近いうちに手に入れる低い声を思った。

---End---

10.09.17(10.08.14配布)

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